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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和42年(行コ)1号 判決

控訴人(原告) 高橋武夫 外一名

被控訴人(被告) 福島伊平

主文

原判決中、控訴人等の本件交際費に関する請求を棄却した部分を取消す。

右交際費に関する控訴人等の訴を却下する。

控訴人等のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決中控訴人等関係部分を取消す。(二)被控訴人は今庄町に対し金一、四四〇、〇〇〇円並びに内金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和三五年七月一日より、内金五四〇、〇〇〇円に対する昭和三九年七月一日より、内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四〇年四月一日より各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右(二)項について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠関係は、つぎに附加訂正するほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、

一、福井県南条郡今庄町長福島伊平(以下単に今庄町長という)の本件各支出行為は、いずれも違法のものである。

即ち、町長の支出行為が、単に議会の議決に基くものであり、かつ決算承認がなされているからといつて、直ちに違法の支出でないと解することはできない。長その他の職員の公金の支出等は、一方において議会の議決に基づくことを要するとともに、他面その支出行為自体が適法でなければならないのは勿論、議会の議決があり、かつ決算承認がなされているからといつて、法令上違法な支出が適法な支出となる理由はない。長は議会の議決が適法でない場合は、理由を示してこれを再議に付すべきであり、再度の決議がなお不適法の場合には、裁判所に出訴することができるのである。長が右再議等の措置を講ずることなく、違法な支出命令を発した場合には、長の行為として違法のものとなる、と解すべきである。

二、今庄町長の各支出行為の原因となつた各議決が違法である理由を、つぎのように補充する。

(一)  欧米視察旅費

今庄町長は、議案の説明にあたり、内金六〇〇、〇〇〇円は、特別交付税に加算されて交付されることになつている旨確定的言辞を用いて説明したため、特別交付税について当時あまり知識のなかつた大多数の議員は、そのように誤信し、よつて議決をなすに至つたものである。このことは甲第二号各証(質問書)、同第八号証の二(議事録)、同第一一号証(今庄町広報)、乙第一号証(議事録)や、当時右特別交付税に加算されて交付されるか否か不確定のまま議決されるはずがない今庄町の財政事情等を総合すれば明らかである。

また昭和三五年度の今庄町の特別交付税の申請額は、金八、三五五、〇〇〇円であるのに対し、交付額は、金三、五一五、〇〇〇円に過ぎない。欧米視察旅費中金六〇〇、〇〇〇円については、あくまでこれが特別交付税にて交付されることを前提又は条件としてその支出の議決がなされたとみるべきであり、これに対する特別交付税の交付はなかつたのである。

(二)  ソヴエト視察旅費

今庄町議会におけるソビエト視察旅費に関する支出の決議につき同町長は、事実福井県町村会より助成金(餞別名義金)がいくら出るのか判らないのに、金五九〇、〇〇〇円出ることが確定的であるかの如く説明し、その説明を信じた大多数の議員をして、今庄町よりは餞別金として金一〇〇、〇〇〇円のみ支出することになる旨誤つた判断をさせた。後刻被控訴人は、ソビエト視察旅費の財源については、県町村会より金五九〇、〇〇〇円の助成金が全額交付されるなどの説明はしていないと主張するが、前記の如き説明をしたことは乙第八号証(一般会計補正予算案)の記載によつて明らかであり、もし被控訴人個人が当初からその一部を負担するつもりであつたとすると、何故わざわざ今庄町の会計を通さねばならぬのか理解に苦しむところである。又もし町村会よりの入金額が不明であるならば、前記の如き議決をなすことなど通常は考えられぬところであり、このことは甲第三号各証(質問書)により明らかであつて、結局被控訴人の右供述は措信できないものである。

またソビエト視察旅行は、北信越町村会よりの派遣であつて、今庄町とは全く関係のない事項であるから、かかる事項に関する支出は仮に議会の議決が有効に成立していたとしても許さるべきものではない。

(三)  交際費

本件交際費の議決は、昭和三九年会計年度あとわずか九日を残す昭和四〇年三月二二日になされている。この時期において特に金三〇〇、〇〇〇円もの交際費の議決をするにあたつては、その具体的使途について慎重な検討が加えらるべきであるのに、今庄町議会はこれを怠り慢然その支出を議決した。被控訴人は、町長交際費の支出につき、それぞれ支出原因としての債務が存在すると主張するが、これらはいずれも全くお座なりのつじつま合せのものとしか考えられない。例へば町政一〇周年記念行事の演芸費用金一五〇、〇〇〇円は、その性質上、町長交際費の費目として支出されるべきものでないのに、これを支出しているのは明らかに違法な支出というべきである。さらに乙第二六号証の二の二(領収証)のりんどうプロダクシヨンの代表者の氏名が、甲第一四号証(登記簿謄本)と対比してみて疑わしく、また甲第一五号証(福井新聞)によると、右記念行事費用は当時全く別の方法で支弁されていたことが明らかである。つまり交際費としての支出原因がないのに議決したものである。

三、以上の如く本件各議決は違法な議決である。従つて今庄町長は、右違法な議決に基き予算の執行として金員の支出をすべきではない。然るに右町長は許さるべきでない違法な各金員支出行為をした。従つて右支出行為によつて被控訴人は法律上の原因なくして不当に右金員を利得したものというべきである。従つて第一次的には、右不当利得として各金員の返還を求めるものである。第二次的には、被控訴人が今庄町長当時、同町議会において、従来主張の各言動により、前記各違法支出議決をなさしめた上、自らに対しこれを支出せしめ、もつて今庄町に対し各支出金員同額の損害を与えたことによる損害賠償を求めるものである。

とのべ、

被控訴代理人は、

控訴人の当審における主張事実はいずれも否認する。

とのべた。

(証拠省略)

理由

第一、本訴提起の要件について、

一、控訴人等が福井県南条郡今庄町(以下単に今庄町という)の住民であることは当事者間に争いがない。

二、そこで控訴人等が本件に関し、地方自治法第二四二条に規定する監査委員の監査を経たか否かにつき判断する。

(一)  控訴人等が、昭和四〇年二月二六日、今庄町監査委員に対し、今庄町長欧米視察旅費、及びソビエト視察旅費の各支出に関し、右各予算の財源措置の監査、並びに右今庄町長である被控訴人が取得した不当利得金の返還措置の請求をしたが、右監査委員は、同年四月八日右各予算の執行はいずれも違法ではなく、これに対し何らの措置をとる必要がない旨通知したことは当事者間に争いがない。従つて控訴人は、前記欧米視察旅費及びソビエト視察旅費に関して監査委員の監査を経由しているものというべく、右監査委員の監査の結果につき不服があるとして、右通知があつた日から三〇日以内である昭和四〇年五月六日に、被控訴人を利得者として提起した右各旅費額相当の不当利得返還請求の訴(原審昭和四〇年(行ウ)第一号)は適法であると認められる。なお控訴人等は、右不当利得返還請求のほか当審において、被控訴人が町議会をして違法な議決をなさしめ、もつて今庄町に対し、右各旅費額相当の損害を与えたことを理由とする損害賠償請求を第二次的請求として追加しているが、前記議決ないしは支出命令の違法を理由とする不当利得返還請求と同様、前記今庄町が支出した各旅費相当の金員を、今庄町に代位して返還請求しているものであり、その前提となつた基礎的な事実関係は、いずれも共通のものであつて、訴の追加的変更として許容されるばかりでなく、これら両請求は、右逸失した公金の補填を図る具体的な権利主張を、不当利得返還として構成するか、或いは損害賠償として構成するか、その特定方法に差異があるに過ぎず実質的には同一の訴訟物とみられるものである。このことは地方自治法第二四二条に、地方公共団体の住民は、……違法若しくは不当な公金の支出……があると認めるときは、……当該地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる旨規定され、特にそのとるべき措置について具体的限度がなく、広く必要と認められる措置を請求することができ、また監査委員も、右請求に拘束されず、必要と考える措置をとることができると解されること、そして右監査請求に対応して、その監査の結果について不服があるときは、同法第二四二条の二の住民訴訟を提起することができるのであるが、その際右訴をもつて請求できるのは、同条によれば、損害賠償請求、不当利得返還の請求等であり、訴の形式をとつた関係上、前記監査請求の際の必要な措置程広くないが、しかし前同様、当該地方公共団体のこうむつた損害補填の措置として具体的にそのとるべき方法が列挙されているに過ぎず、目的はあくまで損害の補填にあると解されること等の理由によつて明らかである。従つてこのように、地方公共団体の議会の議決ないしは支出命令の違法を理由とする、利得者に対する不当利得返還の請求について、監査委員の監査を経由し、出訴期間内に提起せられた同返還の訴に、その後右不当利得返還の請求と実質的に同一訴訟物とみられる、同一人に対する損害賠償請求を追加したときは、たとえ後の損害賠償請求について、特に監査委員の監査を経由せず、また右追加が前記出訴期間経過後のものであつても、不適法とはならず、その損害賠償請求は訴訟要件を備えたものと解するのが相当である。

(二)  つぎに本件交際費に関する請求について判断するに、控訴人等が、昭和四〇年六月一日、前記監査委員に対し、今庄町長の交際費に関し、支出原因についての監査、並びに右今庄町長である被控訴人が取得した不当利得金の返還措置の請求をしたことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によると、控訴人等は、右監査請求に際して前同法第二四二条第一項に規定する事実を証する書面を添付しなかつたことから、右監査委員は、同年七月一九日右請求は受理できないとして、請求人等に返戻したことが認められる。そして同条が監査請求に当つて、右の如き違法又は不当な公金の支出等の事実を証する書面を添えることを要求しているのは、事実に基かない単なる憶測や主観だけで監査を求めることの幣害を防止するにあると解され、実質的な理由があると考えられるから、右事実を証する書面を添付しないでなした控訴人等の前記監査請求を受理しなかつた監査委員の措置は相当であったものといわねばならない。尤も同条第五項によれば、監査委員は、監査を行うに当つて、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならない旨定められているが、かかる手続が予定されているからといつて、前記書面を添付しない請求をすべて適法なものとみることは前記趣旨に照しとうていできない。むしろ前記監査委員の書類返戻の措置は、要件を整備の上再度提出する余地を与えたもの、即ち事実を証する書面添付の補正の機会を与えたものと解するのが相当であり、請求人としてはこの段階において補正をなすべきものであつたと解される。然るに本件各証拠を検討するも、控訴人等は、右補正をした事実を認めるに足る証拠はないから、結局本件交際費に関しては前記監査委員に対し適法に監査を請求していないものというべく、右交際費に関する訴(原審昭和四〇年(行ウ)第二号)は、同法第二四二条の二第一項本文の要件を欠く不適法な訴であり却下すべきものである。

すると右交際費に関する本訴請求を適法とみて、実体に入つて判断し、請求を棄却した原判決中の交際費に関する部分は取消を免れない。

第二、本案について、

一、欧米視察旅費

(一)  今庄町議会が、今庄町長欧米視察旅費として、昭和三五年六月二〇日に、同年度一般会計追加更正予算で金一、四三〇、五七三円の歳出を議決し、被控訴人はその頃右予算の執行として右金員を支出し、これを受領した事実は当事者間に争いがない。

(二)  控訴人等は右議決は金六〇〇、〇〇〇円の限度において違法であると主張する。そして普通地方公共団体の長のなした右支出命令が単に同議会の議決に基くという理由だけで直ちに違法でないと解することはできず、むしろ同法第一七六条によれば、地方公共団体の長は、議会の議決が違法であると認めるときは、これを再議に付し、更に同再議決に対し不服があるときは県知事などに審査を申立てることができ、同審査の裁定に不服があるときは、裁判所に出訴することさえできるのであつて、これら長の職責と権限に照せば、違法な議決に対しこれら再議等の措置をとらず、同議決を執行することは、場合によつて長の行為として違法になると解するのが相当である。そこで前記今庄町議会の議決が違法であつたか否かをまず検討する。

(三)  成立に争いのない甲第八号証の二、同第九号証、同第一七号証、乙第一ないし第四号証、同第二一号証の一ないし三、同第二二号証の一ないし九、同第二三号証の一ないし三、同第二四号証の一ないし三、同第二八号証、同第二九号証並びに原審における証人柏原佐太郎、同了源宣誉、同竹内五左右ヱ門、同幸明悦治、同沢崎清兵衛、同木村甚左ヱ門、同宮崎享の各証言、及び被控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人は、昭和三〇年四月より今庄町町長に選出せられ、その後再選し引続き町長の地位にあり、その間昭和三二年七月から昭和四〇年七月まで福井県町村会会長、昭和三六年から昭和三八年まで全国町村会副会長をしていた者であるが、昭和三五年に全国町村会が、都道府県町村会長である町村長による欧米地方自治体視察を計画した際、被控訴人は右福井県町村会長、並びに今庄町長の資格にて、北信五県ブロツク代表として右視察団に加わり、その他の地区から加わつた合計八名の者と共に右視察旅行をすることになつたこと、右視察旅費は金一、四三〇、五七三円を要するものであるが、単なる私人の私的旅行でなく、欧米における地方自治体を視察し、町村行政運営の改善に資せんとする目的のもとに行われるものであり、福井県町村会が、旅費のうち金五〇〇、〇〇〇円を負担することになつていたことから、今庄町として被控訴人を右欧米視察に派遣することとし、従つて右旅費残額のうち金六〇〇、〇〇〇円は今庄町、金三三〇、五七三円は被控訴人個人が負担するのが相当であるとして、歳入に右町村会よりの雑収入金五〇〇、〇〇〇円並びに被控訴人個人からの一般寄附金三三〇、五七三円その他を、また歳出に研修費(右欧米視察旅費)金一、四三〇、五七三円その他を計上した昭和三五年度今庄町一般会計歳入歳出追加更正予算案を作成し、昭和三五年六月二〇日の第二回定例議会に上程したこと、右議案は結局賛成一八、反対二で同日原案通り可決され成立したのであるが、右の如く、右予算案には、今庄町負担の金六〇〇、〇〇〇円相当分は、特別交付税によつて特に交付されるとか、町財政に負担をかけない特定の財源をもつて当てる旨の記載はなく、又町議会においてその旨町長より説明がなされたこともなく、前記予算案に記載の如く、右金六〇〇、〇〇〇円は町税その他一般財源をもつてあてることにしたこと、そのため議員より右旅費を含むその他歳出全般に関し、町税収入の見込みについて質問があり、被控訴人は将来の見込みについて説明し、なおこれら種々の財政需要を満すため、今後より多く特別交付税が交付されるよう努力する旨答弁し、結局出席議員はこの点を理解した上、多数の者が賛成したこと、その後右予算に計上した通り、町村会並びに被控訴人個人よりの歳入金の納入がなされ、同年六月二七日前記旅費金一、四三〇、五七三円が全額支出せられ、被控訴人はこれを受領した上、同年七月より八月にかけて欧米視察旅行を完了したこと、その後被控訴人は、昭和三五年度地方交付税法に基づく特別交付税額の算定の基礎となる資料の提出に際し、町長の欧米視察に対する経費として金六〇一、〇〇〇円などを記載した特殊事情調書を関係庁へ提出した結果、昭和三六年三月四日今庄町関係分として金三、五一五、〇〇〇円の特別交付税の額の決定があり、右決定通り収入があつて昭和三六年八月決算は完了し、昭和三六年一二月一八日の第四回定例議会において右決算は全員異議なく承認せられたこと等の事実が認められ、同認定に反する原審における証人山田成一、同南隆太郎、同川上勝二、同竹腰清太郎、同坂野政太郎、同山本清治の各証言並びに、控訴人等各本人尋問の結果はいずれも採用しない。

(四)  右認定によると、前記金六〇〇、〇〇〇円が特別交付税に特別に加算されて交付されることになつている旨被控訴人より確定的言辞による説明があつたとして同議会の議決の違法を主張するのは当らないし、また右説明によつて、被控訴人が各議員をして違法な議決をなさしめたということもできない。当時の今庄町議会は、被控訴人の欧米視察旅行を承認し、今庄町の一般財源より右旅費の一部金六〇〇、〇〇〇円を負担することを承認したものといわねばならず、その支出過程において手続上の違法の点は見当らない。

(五)  控訴人等は、特別交付税を財源として旅費の支出をするのは違法であると主張する。

ところで、地方交付税法第一五条に基づく特別交付税は、同法第一一条に規定する普通交付税額の算定方法によつては補そくされなかつた特別の財政需要があることなどにより、普通交付税の額が財政需要に比して過少であると認められる地方団体に対して自治省令で定めるところにより交付されるものであつて、普通地方交付税とともに、いわゆる地方団体の財政上の赤字補てんを目的とするものである。従って右交付に当っては、当該団体の財政状況の的確なは握が必要であることは当然であるが、地方自治の本旨に照せば、右交付は衡平になされなければならず、また地方自治の本旨を尊重して、条件をつけたり、その使途を制限してはならないことが明らかである(同法第三条)。そして昭和三五年度についてみると、前記乙第二八号証(自治省令第二号)によれば、右の如き観点から各市町村に対して交付すべき特別交付税の額は、一定の算定方法に従つて算出される分(同省令第四条第一号ないし第四号)と、右によらない特別の事情を考慮して定める分(同条第五号)に分れており、右特別の事情として(1)ないし(7)の特定の列挙された事情のほか(8)としてその他特に必要と認められる事情があることを包括的一般的に掲記していることが明らかである。従つて、このように右算出方法が規定されている特定の財政需要や、列挙された特定の事情に該当しない財政事情であつても、当該市町村にとつて特に必要があると認められる事情があるときは、考慮されるものであり、特定の財政需要に対し個々的に与えられるものでなく、また一方このようにして定められた特別交付税は、結局額として決定され、交付された後は各市町村の一般財源に組入れられ、予算や議決を通して使用されるのであつて、使途が定められているものでもないことが明らかである。本件における今庄町長の欧米視察旅費は、前記算出方法が規定されている分や、列挙された特定の事情にはいずれも該当しないことが明らかであるが、前記省令第四条第五号(8)のその他特に必要があると認められる事情に入る可能性は充分認められ、右は結局、自治大臣の裁量によつて決定されるものであつて、控訴人等が主張する如く、特別交付税としては法規上考慮し得ないものとみることはとうていできない。従つて被控訴人が前記欧米視察旅費の一部金六〇〇、〇〇〇円を、基礎資料に記載して特別交付税の交付を要請し、その後決定交付された特別交付税を右旅費の一部に充当した処置を、その事自体において地方交付税法等の法規に違背する違法の処置とみることはできない。

本件において交付された特別交付税中に、右旅費六〇〇、〇〇〇円が全額考慮されているか否かは、本件各証拠を検討するも詳らかでないが、かりに結果的に考慮されなかつたものと仮定しても、前記議決をなすに至つた事情、特別交付税の性質ないしは額の決定方法、その他地方交付税法は、地方団体の自主的な財政処理や独立性を強化するものであつても決してこれを阻害するものではない旨の地方自治の理念に照せば、かかる要求額と交付額との相違は、同議決を違法ならしめるものでないと解する。

(六)  その他証拠を検討するも、前記議決が違法であることを認める事由についての立証はなく、また被控訴人の言動によつて違法議決をなさしめた事実も認められない。すると控訴人等の本件欧米視察旅費に関する不当利得返還並びに損害賠償各請求はいずれも理由のないことが明らかである。

二、ソビエト視察旅費

(一)  今庄町議会が、今庄町長ソビエト視察旅費として、昭和三九年六月二六日に同年度一般会計補正予算で金六九〇、〇〇〇円の歳出を議決し、被控訴人はその頃右予算の執行として右金員を支出し、これを受領したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで右議決が違法であるか否かにつき判断するに、成立に争いのない甲第八号証の二、同第一八号証、同第二〇号証、乙第五ないし第八号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一三号証、同証人北村金六の証言により真正に成立したと認められる乙第二七号証の一ないし四、並びに右各尋問の結果及び証言、同証人柏原佐太郎、同西川政廉、同幸明悦治、同伊藤義郎の各証言を総合すると、前記認定の如く、被控訴人が今庄町町長並びに福井県町村会会長をしていた昭和三九年六月頃、ソビエト日ソ協会会長より北信五県町村会会長に対しソビエト訪問の招待があり、被控訴人は、福井県町村会会長として他県の会長等と共に、右ソビエト視察団に加わり、視察旅行をするようになつたこと、右視察旅費は、金六九〇、〇〇〇円を要するものであるが、前同様私的旅行でなく、日本海沿岸の町村会長として両国の親善と県内産業、貿易の振興に寄与するところがあり、福井県町村会が右旅費の一部を負担することになつていたことから、今庄町として被控訴人を右ソビエト視察に派遣することとし、従つて旅費の一部金一〇〇、〇〇〇円は今庄町が負担するのが相当であるとして、歳入に右町村会よりの雑収入金五九〇、〇〇〇円その他を、また歳出に旅費(右ソビエト視察旅費)金六九〇、〇〇〇円その他を計上した昭和三九年度今庄町一般会計補正予算案を作成し、昭和三九年六月二四日の第二回定例議会に上程したこと、右議案は結局賛成一九、反対一で同日原案通り可決され成立したのであるが、右審議の席上被控訴人は、右歳入の金五九〇、〇〇〇円は県町村会と被控訴人個人にて負担するつもりで予算措置をする旨説明し、結局出席議員はこの点を理解した上、多数の者が賛成したこと、その後県町村会より昭和三九年七月一四日金一五〇、〇〇〇円、被控訴人個人より同年七月一一日金一九〇、〇〇〇円、昭和四〇年二月二三日金一〇〇、〇〇〇円、同年三月一一日金三〇〇、〇〇〇円がそれぞれ納入されたこと、その間昭和三九年七月一一日に前記旅費金六九〇、〇〇〇円が全額支出せられ、被控訴人はこれを受領した上、同年七月より八月にかけてソビエト視察旅行を完了したこと等の事実が認められ、同認定に反する原審における証人古木次男、同南隆太郎、同川上勝二、同竹腰清太郎、同坂野政太郎、同山本清治の各証言並びに控訴人等各本人尋問の結果はいずれも採用しない。

(三)  右認定によると、前記旅費中金五九〇、〇〇〇円が全額町村会よりの助成金である旨の被控訴人の確定的な説明があつたとして、同議会の議決の違法を主張するのは当らないし、また右説明によつて、被控訴人が各議員をして違法な議決をなさしめたということもできない。当時の今庄町議会は、被控訴人のソビエト視察旅行を承認し、今庄町の一般財源より右旅費の一部金一〇〇、〇〇〇円を負担することを承認したものといわねばならず、その支出過程において手続上の違法の点は見当らない。

(四)  かりに右金五九〇、〇〇〇円が全額町村会からの助成金である趣旨の説明がなされたとしても、結局右金額に関する限り町村会と被控訴人両者がこれを負担するか、町村会単独で負担するかの点に差異があるに過ぎず、実質的に今庄町の財政に影響がなく、予算に計上した助成金の不足分を被控訴人が個人として負担し、納入した以上、右財源措置の相違をもつて同議決を違法であるとみるのは相当でない。

(五)  その他証拠を検討するも前記議決が違法であることを認める事由についての立証なく、また被控訴人の言動によつて違法議決をなさしめた事実も認められない。すると控訴人等の本件ソビエト視察旅費に関する不当利得返還並びに損害賠償各請求はいずれも理由のないことが明らかである。

三、以上のほか更に、地方公共団体の長の海外視察旅行に関する旅費の一部を当該地方団体が負担すること自体が適法か否かを検討する必要がある。そして地方公共団体の運営といえども国際的な知識や視野を必要とする場合があり、従つて、一般的に地方自治には海外視察は不要であるとし、如何なる限度でもその旅費の一部を負担することは違法であるというのは相当でなく、結局旅行の必要度と財政状況との関連において相当であるか否かを判断すべきものであると解するのが相当である。そして本件において前記認定の旅行の目的、旅費負担額等諸般の事情を総合してみると、今庄町が被控訴人に対し、欧米視察旅費として金六〇〇、〇〇〇円、ソビエト視察旅費として金一〇〇、〇〇〇円を負担した前記各議決は、その程度においていまだ違法ないしは不当であるとみることはできず、この点から判断しても控訴人等の請求は理由がない。

四、すると本件交際費に関する控訴人等の本訴請求を適法であるとし、同請求を棄却した原判決該当部分は相当でないからこれを取消し、同訴を却下することとし、本件欧米視察旅費並びにソビエト視察旅費に関する控訴人等の請求を棄却した原判決該当部分は相当であり、控訴人等のこの部分の控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島誠二 黒木美朝 井上孝一)

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